大学院生の学位論文
福田 靖(平成25年3月)
主 論 文 要 旨
論文提出者氏名:
福 田 靖
専攻分野:臨床微生物・感染制御学
コ ー ス:
指導教授:中島 秀喜
主論文の題目:
Effects of Simultaneous Immunization of Haemophilus influenzae Type b Conjugate Vaccine and Diphtheria–Tetanus–Acellular Pertussis Vaccine on Anti-Tetanus Potencies in Mice, Guinea Pigs, and Rats.
(マウス、モルモット、ラットを用いたヘモフィルスb型ワクチンと沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチンの同時免疫による影響の検討)
掲載雑誌:
Jpn. J. Infect. Dis., 66; 41-45, 2013.
共著者:
Masaaki Iwaki, Takako Komiya, Keigo Shibayama, Motohide Takahashi, Hideki Nakashima
[緒言]
現在、乾燥ヘモフィルスb型ワクチン(破傷風トキソイド結合体)(HibT)は、沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DTaP)と同様な免疫計画で接種されるために、海外ではワクチン接種の効率化などからDTaP-HibTなどが接種できる。しかし、日本ではこれらの混合ワクチンは導入されておらず、HibTはDTaPと同時に接種する際には異なる部位に別々に接種されている。今後日本でもこれらの混合ワクチンの導入が検討されると考えられる。
今回、HibTの破傷風に対する免疫原性を、実験動物を用いた力価として評価し、また、HibTとDTaPを混合し同一部位に接種した場合と別々の部位に接種した場合の破傷風の力価への影響を検討した。
[対象・方法]
検討には、日本で接種されているHibTとDTaP、さらに海外で使用されているDTaP-不活化ポリオウイルス(IPV)-HibTを用いた。破傷風に対する力価試験は、生物学的製剤基準を準用し、国立感染症研究所動物実験委員会の承認のもと実施した。実験動物(マウス、モルモット、ラット)を試験品、または標準品を用いて免疫し、4週後に破傷風毒素で攻撃した。攻撃動物の観察結果を、マウスとモルモットではスコア化し、平行線定量を用いて、また、ラットではプロビット法を用いて、それぞれ力価を算出した。
[結果]
海外のDTaP-IPV-HibTは、凍結乾燥品であるHibTを液状品であるDTaP-IPVで溶解するキットワクチンであり、マウスを用いて各ワクチンの破傷風の力価を評価した。HibTの力価(777-1539 U/mL)は、DTaP-IPV(81-373 U/mL)以上であった。また、HibTとDTaP-IPVを混合すると力価が増強傾向がみられた(4649-6869 U/mL)が、これは日本のDTaP(111 U/mL)でHibT(1098 U/mL)を溶解して接種した場合でも同様に力価の増強傾向が確認された(1855 U/mL)。一方、モルモットでは、HibT、DTaP、そしてDTaPを用いてHibTを溶解して接種した時の力価は、それぞれ87 U/mL、107 U/mL、634 U/mLであり、同様に力価の増強傾向がみられた。
HibTとDTaPを別々の部位に接種した場合と混合して同一部位に接種した場合の破傷風の力価を測定した。マウスでは、HibT(779.4 U/mL)とDTaP(92.4 U/mL)を別々に接種した力価(942.3 U/mL)は、DTaPとHibTの双方の力価の相和と同様であったが、混合同一部位接種の力価(1378.2 U/mL)は相和以上の傾向がみられた。同様な結果がモルモットやラットでもみられ、混合同一部位接種による増強作用は種特異的ではなく、別々の部位に接種すればこの増強作用は回避できると考えられた。
[考察]
現在、日本ではHibTとDTaPを同時に接種する場合には別々の部位に接種しているが、HibTの市販後調査ではHibTはDTaPと別々の部位に接種してもDTaPによる破傷風抗体価への影響は確認されなかった。今回の動物実験の結果からもヒトで別々の部位への接種が有用であることが示唆された。
HibTには、インフルエンザb型菌の菌体莢膜多糖に対するキャリア蛋白としてDTaPと同等量の破傷風トキソイドが含まれていることから、ヒトに対してDTaPと同等の免疫原性を示すことが推測された。今回の検討からも、HibTはDTaPと同等の破傷風に対する力価を示し、さらに、HibTとDTaPを混合接種した場合には力価が増強されることが示された。動物を用いたワクチンの力価試験はヒトへの免疫原性の指標と考えられ、WHOでも実施することが規定されている。今回の検討からもワクチンの品質管理上力価試験は重要であるが、動物で確認されたHibTとDTaPを別々の部位に接種した場合と混合接種した場合の力価の違いは、ヒトでも確認するが必要がある。
HibTには、DTaP中に破傷風とジフテリアのトキソイドの免疫原性を高めるために含まれるアルミニウムアジュバントが含まれていないが、HibTの破傷風の力価は、アルミニウムアジュバントを含むDTaPやDTaP-IPVの混合により増強されると考えられる。また、アルミニウムアジュバントによるトキソイドの力価の増強作用は、モルモットよりもマウスの方が強いとされ、我々の結果も同様であった。このような増強作用にみられる種特異性は多価ワクチンで報告されている。HibTや将来日本に導入されるであろうDTaP-HibTの品質管理法を最適化するためには、動物実験における力価を高めるメカニズムの解明は重要である。
[結論]
今回の実験動物を用いた検討からHibTは破傷風に対する力価を示した。さらに、HibTはDTaPと混合接種すると破傷風の力価は増強されたが、別々の部位に接種すればそのような作用を避けることができた。今後、DTaP-HibTなどの導入を議論する際には、混合化による品質への影響を検討するなど品質管理試験法の確立が重要である。
大友雅広(平成21年3月)
主 論 文 要 旨
論文提出者氏名:
大 友 雅 広
専攻分野:神経精神科学
コ ー ス:
指導教授:山口 登
主論文の題目:
Some Selective Serotonin Reuptake Inhibitors Inhibit Dynamin I Guanosine Triphosphatase (GTPase)
(Some Selective Serotonin Reuptake Inhibitors (SSRI)によるGTP分解酵素活性の阻害)
掲載雑誌:
Biol. Pharm. Bull., 31; 1489-1495, 2008.
共著者:
Kiyofumi Takahashi, Hiroshi Miyoshi, Kenichi Osada, Hideki Nakashima, Noboru Yamaguchi
[緒言]
エンドサイトーシスは、真核細胞が外部から物質を取り込むための生命現象の1つである。神経細胞においては、シナプスにおける神経伝達物質の輸送や抗原提示、受容体の発現などの機能を司っている。ダイナミン(dynamin;dyn)はそのエンドサイトーシスの調節蛋白として中心的な役割を担っている。そのアイソフォームの一つであるdyn Iは他のアイソフォームとは異なり、中枢神経細胞特異的に発現している。Dyn Iはguanosine triposophatase (GTPase)ドメインを持ち、GTP分解によるエネルギーを推進力としてシナプス小胞を形成し、エンドサイトーシスによる神経伝達物質の運搬の調節に関与している。
低分子の界面活性剤の一つであるmyristyl trimethyl trimethyl ammonium bromide(MiTMAB)は、dyn IのGTPase活性を選択的に阻害することが知られている。統合失調症の治療薬であるchlorpromazineなどのいくつかの向精神薬にも、dyn IのGTPase活性やエンドサイトーシスを阻害する可能性が指摘されており、本研究では向精神薬の神経細胞内でのエンドサイトーシスに対する影響や作用機構を確認するために、MiTMABとの比較により、種々の向精神薬とのDyn IのGTPase活性の阻害を検討した。
[方法]
マウス脳よりcDNAライブラリーを調製し、PCRによりdyn I遺伝子を大量発現用プラスミドpET21aへクローニングした。E.coli Rosetta2(DE3)pLysSを形質転換し、C末端にHis6 tagを融合したdyn I-His6の大量発現および精製を行った。精製Dyn I-His6に対するMiTMABと19種類の向精神薬のGTPase活性阻害を、Malachite Greenの呈色反応を用いた遊離リン酸の定量分析により解析し、GTPとL-phosphatidylserine(PS)を基質とした生化学的な反応速度論の検討も行った。
[結果]
MiTMABと19種類の向精神薬のdyn I-His6のGTPaseに対する50%阻害濃度(IC50)を測定した結果、MiTMABはIC50 =24.1±9.4µMであった。3環形の抗うつ薬(clomipramine)、4環形の抗うつ薬(maprotiline)と4種類のSSRI(fluoxetine、paroxetine、fluvoxamine、sertlaline)がMiTMABと同等かあるいは優れた阻害活性を示し、中でもfluvoxamineとsertlalineがそれぞれIC50=14.7±1.6µMとIC50=7.3±1.0µMと顕著に優れた阻害活性を示した。
fluvoxamine とsertlalineに関するGTPおよびPSを基質とした反応速度論の検討により、fluvoxamineとsertlalineはGTPに対して混合型の阻害であることが判明した。PSに対しては、sertlaline がGTP の場合と同様に混合型の阻害であったのに対して、fluvoxamineは拮抗阻害であった。
[考察]
これまでSSRIの作用機構は、セロトニンを主とした神経伝達物質のトランスポーターへの結合によるシナプス間隙内の神経伝達物質の再取り込み阻害作用がうつ病への治療効果や副作用に関与していると考えられてきた。
一方、本研究においてdyn I-His6のGTPaseに対してcitalopramを除いた4種類のSSRIが、比較対象としたMiTMABと同等かあるいは優れた阻害活性を示し、中でもfluvoxamineとsertlalineはMiTMABよりも明らかに優れた阻害活性を示した。この結果をMiTMABのGTPase活性阻害を介したエンドサイトーシスの抑制の報告と考え合わせると、SSRIの作用機構は、前述した従来の作用機構だけでなく、dyn Iによるシナプス小胞の形成阻害を介したエンドサイトーシスの抑制が含まれる可能性がある。つまり、SSRIは、dyn IのGTPase活性阻害を通して中枢神経細胞内のエンドサイトーシスを制御し、神経伝達物質の輸送の調節に関与している可能性がある。
反応速度論の検討によって明らかになったfluvoxamineのPSへの拮抗阻害は、MiTMABと同様であり、細胞膜への親和性が指摘されているdyn I上のpleckstrin homology domainと細胞膜との結合を選択的に阻害していると考えられる。
武藤真二(平成19年3月)
主 論 文 要 旨
論文提出者氏名:
武 藤 真 二
専攻分野:臨床微生物・感染制御学
コ ー ス:
指導教授:中島 秀喜
主論文の題目:
Novel Recognition Sequence of Coxsackievirus 2A Proteinase
(コクサッキーウイルス2Aプロテアーゼの新規な切断認識配列)
掲載雑誌:
Biochem. Biophys. Res. Commun., 348; 1436-1442, 2006.
共著者:
Hiroshi Miyoshi, Hiroyuki Nishikawa, Hideki Nakashima
[緒言]
コクサッキーウイルスは、ピコルナウイルス科、エンテロウイルス属のウイルスであり、プラス鎖RNAをゲノムとして持つ。小児においては夏風邪のウイルスとして有名であり、症状は感冒症状から時に心筋炎など重篤なものまで多彩な症状を引き起こす。
コクサッキーウイルスは増殖・複製の過程においてウイルスRNAが直接翻訳されて、ウイルスタンパク質全長の前駆体が生合成される。この前駆体は、2Aと3Cと呼ばれる2種類のウイルスプロテアーゼによりプロセッシングされ、最終的に11種類のウイルスタンパク質が生成する。そのウイルスタンパク質の1種である2Aプロテアーゼ(2Apro)はシステインプロテアーゼであり、ウイルス非構造タンパク質VP1との融合タンパク質である前駆体(VP1-2Apro)のVP1のC末端と2AproのN末端の間での自己切断によって、成熟型の2Aproが生成することが知られている。すなわち、2Aproの最終的な自己切断の過程ではVP1のC末端領域のアミノ酸配列の認識が重要である。また、感染時に2Aproはその基質として宿主細胞の翻訳開始因子(eIF4GI/4GII)を切断して翻訳機能を停止させることも知られている。したがって、2Aproの基質認識および切断機構を検討することは、コクサッキーウイルスの感染・増殖機構を理解する上で大きな意義がある。
本研究では、コクサッキーウイルスの2Aproに着目して基質の切断認識機構について基礎医学的な手法によって調査を行った。
[方法]
VP1-2Aproの正常な自己切断認識に必要であるVP1のC末端領域の長さを決定するために、様々な長さのVP1のC末端領域を付加した2Aproの発現プラスミドを調製して、大腸菌の系での自己切断により生成したタンパク質をSDS-PAGEおよび質量分析で分析した。続いて、VP1のC末端のトレオニン2残基(P2部位まで)の付加体のP4部位を、他のエンテロウイルス属の2AproおよびeIF4GI/4GIIの切断配列中で保存されていた疎水性アミノ酸(イソロイシン、ロイシン)に置換し発現させ、生成したタンパク質を分析した。
次に、VP1のC末端領域を付加しなかった2Aproを発現させ、発現プラスミドに由来した付加ペプチド内での自己切断部位を分析した。この結果から新たに発見した切断認識配列(LVPR↓GS)が、分子内での自己切断だけではなく、他のタンパク質分子への切断にも有効であることを確認するために、アミノ酸配列(LVPR↓GS)を付加したGST融合タンパク質を基質として成熟型2Aproによる分解反応を調査した。
[結果]
VP1のC末端のトレオニン2残基(P2部位まで)の付加体の発現では、成熟型2Aproよりも高分子量のタンパク質の生成(切断認識の歪み)が観察された。また、発現した成熟型2Aproよりも高分子量のタンパク質のN末端の分析より、新規な認識アミノ酸配列(LVPR↓GS)での切断が観察された。
切断認識に歪みが観察されたVP1のC末端のトレオニン2残基(P2部位まで)の付加体のP4部位を、疎水性アミノ酸に置換した場合には、成熟型2Aproのみの発現が観察され、2Aproの厳密な自己切断認識は回復した。
VP1のC末端領域を付加しなかった2Aproの場合には、発現プラスミドに由来した付加ペプチド内に存在するアミノ酸配列(R↓GS)で切断された2種類のタンパク質の発現が観察された。さらに切断認識に必要不可欠なP1’部位のグリシンをアラニンに置換した場合には、アミノ酸配列(LVPR↓GS)での認識および切断が優位に進行することが判明した。この新規に発見した切断認識配列(LVPR↓GS)は、血液凝固因子トロンビンが認識・切断するアミノ酸配列の1つとして、広く知られている。
アミノ酸配列(LVPR↓GS)を付加したGST融合タンパク質を基質として成熟型2Aproによる分解反応を調査した結果、2Aproがトロンビンと同様に基質タンパク質を認識し、アミノ酸配列(LVPR↓GS)で切断分解することを確認した。
[考察]
VP1-2Aproの厳密な切断認識にはVP1のC末端のトレオニン3残基(P3部位まで)の付加が重要であることが判明したが、P4部位を他の切断基質で保存された疎水性アミノ酸に置換したところ、2Aproの自己切断認識は回復したことから、トレオニン3残基に加えてP4部位の保存された疎水性アミノ酸も切断認識に重要な役割を演じていることが明らかとなった。
2Aproはキモトリプシン様の構造をもっており、トロンビンはセリンプロテアーゼではあるが、キモトリプシンに近似した構造と切断反応機構を持っている。よって、2Aproがトロンビンと同様の形式で基質タンパク質を認識し、アミノ酸配列(LVPR↓GS)で切断分解を示したことは、キモトリプシン様の構造に由来するものであると考えられる。
斎藤 晋(平成19年3月)
主 論 文 要 旨
論文提出者氏名:
斉 藤 晋
専攻分野:臨床微生物・感染制御学
コ ー ス:
指導教授:中島 秀喜
主論文の題目:
Epstein-Barr ウイルスLMP1遺伝子導入によるVimentinとEzrinの発現増強
掲載雑誌:
日本耳鼻咽喉科学会会報、110; 24-31, 2007.
共著者:
草野 秀一、肥塚 泉、中島 秀喜
[緒言]
EBウイルスはヒトがんウイルス第1号として1964年にEpsteinらによりバーキットリンパ腫培養細胞中に見いだされた。EBウイルスはヒトに広く伝播し、ほとんどの健常成人に潜伏感染している。その潜伏感染状態での遺伝子産物により3型の感染様式に分類される。
またEBウイルスはヒトにおける種々の悪性腫瘍との関わりが指摘されており、これらの疾患にはリンパ腫、ホジキン病、上咽頭がん、胃がんなどが含まれる。これらの腫瘍の発生と関連が深いと考えられているのが、EBウイルスの潜伏感染膜タンパク質1 (Latent Membrane Protein 1, LMP1) である。
関連悪性腫瘍のなかでも、上咽頭がんは初診時に頸部リンパ節転移などで発見され、進行がんが大半を占めることが知られている。一方、上咽頭がんと同様にEBウイルスの関与の指摘されているバーキットリンパ腫は、局所に大きな腫瘍を形成するにもかかわらず転移の頻度は少ないことが報告されている。このことは潜伏感染細胞におけるEBウイルス遺伝子発現の差異が両者の違いに起因していることを強く示唆するものであり、そのなかでもLMP1の発現が転移に大きく関わっていると考えられている。
近年、プロテオミクスという実験手法の進歩により、遺伝子の最終産物であるタンパク質を網羅的に解析することが可能となった。二次元電気泳動と質量分析を用いたタンパク質の定量的解析は、遺伝子発現解析とともに重要な分子生物学的解析手法となっている。
本研究ではこの二次元電気泳動により、EBウイルス潜伏感染遺伝子LMP1により発現差異のあるタンパク質を網羅的に解析した。また、その発現差異のあるタンパク質を同定することにより、LMP1による悪性腫瘍の発生と高転移性機構の一端を明らかとすることを目的とした。
[方法]
LMP1遺伝子を導入した上皮細胞株(HEK-293)と導入していない上皮細胞株において、二次元電気泳動と質量分析により発現したタンパク質の定量的解析を行った。その結果、増減のあるタンパク質を同定し、悪性腫瘍の発生、転移に関連の高いタンパク質について、ウエスタンブロットを行い確認した。
[結果]
LMP1遺伝子を導入した上皮細胞株と導入していない上皮細胞株より抽出したタンパク質を二次元電気泳動によりゲル上に分離した。等電点3-10の間におよそ1500のタンパク質スポットを確認した結果、有意な増減のあるタンパク質スポット50個を検出した。
二次元電気泳動で変動が認められたその50個のタンパク質スポットのうち、質量分析により8種類のタンパク質スポットが同定できた。そのうちLMP1遺伝子の導入により、増加が認められたものはCalreticu- lin precursor、Vimentin、Ezrin、Heat shock protein 90 beta、Elon- gation factor 2の5つで、減少の認められたものはVoltage-dependent anion-selective channel protein 2、Alpha enolase、GTP-binding nuclear protein Ranの3つのタンパク質であった。その中で、特に腫瘍発生と転移に関連があると考えられているVimentinおよびEzrin について、ウエスタンブロットにより定量的な分析を行った結果、Viment inは2.2倍に、Ezrinは9.8倍にLMP1遺伝子の導入により発現量が増強された。
[考察]
がんウイルスであるEBウイルスは上咽頭がんの発生に深く関与し、その中でもLMP1タンパク質が、がんの進行、転移に関わる主因子と考えられている。本研究ではLMP1によるがんの増殖、浸潤、転移を促進するメカニズムの一つとして、間葉系細胞の中間系フィラメントであるVimentinが増強されていることを確認し、また細胞膜と細胞骨格の結合調節タンパク質であるEzrinの発現が増強されていることを発見した。この2つのタンパク質に共通することは、細胞骨格の形成に強く関与している点と、過去の報告で非常に高転移性の腫瘍に発現増加が認められている点である。
本研究では上皮細胞にLMP1を形質導入した試料を用いたため、実際の上咽頭がんでEzrinの発現が増強されているかは検討していない。今後はその他の潜伏感染遺伝子を導入した試料や、実際の上咽頭がん細胞株を用いた二次元電気泳動の解析などで検討していきたい。
余村寧恵(平成19年3月)
主 論 文 要 旨
論文提出者氏名:
余 村 寧 恵
専攻分野:眼科学
コ ー ス:
指導教授:上野 聰樹
主論文の題目:
Direct, Real-time, Simultaneous Monitoring of Intravitreal Nitric Oxide and Oxygen in Endotoxin-induced Uveitis in Rabbits
(エンドトキシン刺激によるウサギぶどう膜炎惹起時に発生する硝子体内の一酸化窒素と酸素分圧の同時測定の試み)
掲載雑誌:
Life Sci., 80; 1449-1457, 2007.
共著者:
Yoko Shoji, Daisuke Asai, Eiichi Murakami, Satoki Ueno, Hideki Nakashima
[緒言]
エンドトキシン誘発ぶどう膜炎(EIU)は、リポポリサッカライド(LPS)の投与で惹起される眼内炎の動物病態モデルであるが、一酸化窒素(NO)が、ぶどう膜炎の病態において重要な役割を担っている。LPSの刺激により、生体内において一酸化窒素合成酵素(NOS)が誘導され、NOが大量に生成されるが、多量に生成されたNOは、炎症のメディエーターとして機能する他にも、様々な病態形成に関わる。しかし、NOは高い反応性を有する、半減期の短い不安定なフリーラジカルであり、生体内で生成されたNOは、局所において直ちに酸素(O2)による酸化作用を経て、最終的に、安定な亜硝酸塩(NO2-)や硝酸塩(NO3-)となる。従って、in vivoにおいて、局所で直接NOそのものを経時的に測定することは困難であるので、NO産生量の把握には、NOの最終代謝産物を測定する方法が汎用されている。EIUにおける、NOの病態生理学的な役割や発生動態は十分に解明されていない。また、EIUにおける、NOと酸素との関係について論じている過去の報告もない。そこで今回我々は、LPS刺激による家兎のエンドトキシン誘発ぶどう膜炎において、硝子体内に発生するNOと酸素分圧(pO2)を直接、経時的に、同時測定することを試み、EIUにおけるNOの役割を検討した。
[方法]
NOと酸素の測定は、電極法を用い、NOとpO2をそれぞれ選択的に感知する一体型の微小電極を考案した。電極法の測定原理は、電極の感知部を選択的に透過したNOやO2が、電極上で電解酸化される際に生じる電流量を、NO濃度・pO2として換算して、計測するものである。全身麻酔下にて、New Zealand White Rabbitの各眼の硝子体内に、関電極(一体型の微小電極)を刺入固定し、NOに対する不関電極は結膜円蓋部に、pO2に対する不関電極は家兎の背部皮下に固定した。一眼にLPS(0.5 μg/ml)を50 μl硝子体注射し、NOとpO2の変動を経時的に同時測定した。また、LPS注射30分前に、NOSの阻害薬であるNG-nitro-L-arginine methyl ester hydrochloride(L-NAME)を静注した際のNOとpO2の変動も測定した。さらに実験後8時間後の前房水を採取し、 bicinchoninic acid protein assay kit及び高速液体クロマトグラフィーを用いて、各々前房水中の蛋白濃度及びnitrite濃度を測定した。また前房水採取後、両眼球摘出し、網膜切片にヘマトキシリンエオジン染色(HE)及びニトロチロシンの免疫染色を施した。各群間の有意差検定は、ANOVA法にて分散確認後、Scheffe法またはマンホイットニー法にて検討し、危険率5%以下を有意とした。尚、本研究は聖マリアンナ医科大学大学院・実験動物飼育管理施設の承認を得ている(承認番号0507010)。
[結果]
考案したシステムを用いて、ウサギ硝子体内におけるNOとpO2の同時測定が可能であった。LPS注射後早期に、一時的なNOの低下及びpO2の上昇を認め、その後LPS注射後約1から7時間にかけて、パルス状のNO上昇とpO2の低下を認めた。両者の動態を分単位でみると、NOとpO2の変動は逆相関していた。L-NAMEを前処置した場合、LPS硝子体注射後のNO・pO2変動は抑制された。さらに、LPS注射群における前房水中の蛋白濃度及びnitrite濃度は、対照群に比べ有意(p<0.001及びp<0.01)な上昇を示し、L-NAMEの前処置により、それぞれ有意(p<0.01及びp<0.05)に抑制された。組織病理学的には、LPS群では網膜及び硝子体内における炎症性細胞の浸潤を認めた。さらに、NOの酸化代謝で生じるperoxynitrite等の強い酸化ストレス能を有する活性酸化窒素種のマーカーとされる、ニトロチロシンの発現を、神経網膜内において認めた。
[考察]
今回我々が考案した一体型の微小電極を用いたモニタリングシステムを駆使することで、家兎EIUにおいて、硝子体内で直接、NOとpO2を選択的に、リアルタイムで同時測定できることが示された。さらにこのシステムは、眼内組織に対して少ない侵襲で済むとともに、安定した再現性も得られた。また、電極により得られた結果から、LPS刺激により家兎硝子体内で約7時間はNO産生増加を認め、NOと酸素がお互いに捕捉し合う関係であることもわかった。さらに、免疫染色においては、NOの酸化代謝によって生じるperoxynitrite等の強い酸化ストレス能を有する活性酸素窒素種の指標である、二トロチロシンの発現を網膜に認め、HE染色ではぶどう膜炎の病像である炎症細胞の浸潤を認めた。以上のことより、NOがぶどう膜炎における病態形成に深く関与するものと思われ、NOとpO2の発生動態の見地から、今回のモニタリングシステムは、ぶどう膜炎の病態解明に役立つのではないかと思われた。